振り込め詐欺に遭った話

1年ぶりに母の友人Sさんから留守番電話が入っていた。
深刻そうな声だったので、ご家族に何かあったのかとかけてみると、
「どうやらお母さんが遭った振り込め詐欺のグループの犯人が捕まったらしいので
協力できることなら協力したい」と。
時間の経過と共に笑い話にできるようになったが、
母はホスピスで振り込め詐欺に遭っていたのである。
ことの発端は昨年のGWの連休明け。
担当医師から「痛み止めの影響で幻聴や幻覚が出るようになって、
振り込め詐欺に遭った、とご自分でベッドから110番通報して
病室に警察官が来ました」と報告されたのだった。
その直後本人が「勘違いだった」と訂正し、騒動は終わったらしい。
医師には病院に迷惑をかけた旨を謝っておいたが、
母から私にその件の話は何もなかったし、
私も医師から聞いた話を母にあらためて確認することもしなかった。
ところが、葬儀当日に、Sさんが「これを渡し忘れていました」と
コンビニのATMで送金したレシートを出してきたのである。
もう、仰天。
病室に中身が入っていないお見舞い袋がいくつかあった理由がわかった。
聞けば、GWに見舞いに来てくださったSさんに、
「携帯電話の料金を滞納していて、電話を止められてしまうらしい」と
ひどくうろたえて、
「お金を払ってきてほしい」と現金を渡した、と。
自分でお手洗いにも行けない母にとって
手元の携帯電話は外とつながることのできる唯一の手段だった。
常識で考えれば、電話代としては高額すぎるし
電話会社でもない人間が電話を止められるのは変だし、
そもそも振込先がコンビニのATM操作って・・・と
誰でも即詐欺だと気づきそうなものなのだが、
「朦朧としていて間違ってどこかの有料サイトのボタンを押してしまった」と
慌てふためく母と、母よりやや年上で人の良いSさんの組み合わせが
結局そのまま見事に詐欺にひっかかるパターンに。
Sさん曰く、「振り込んでおいたわよ」と母にコンビニから電話すると
心底安心した声でお礼を言っていたそうだが、
思うに、母はその後自分で冷静になってみて詐欺に遭ったと気づいて
警察を呼んだのだろう。
しかし事情聴取をされているうちに、
これでは後で私や弟にばれてきつく叱られるに違いないと思い、
「間違いでした、私の勘違いです」と撤回したに違いない。
詐欺だったのかとショックを受けて呆然と立ち尽くすSさんを前にして、
私は私で、誰にも言えずに母がひとり動けぬベッドの上で
後悔にさいなまれていたかと思うと、
それが可哀相でならなくて
もっと早く気づいて「色々あったけど何も気にしなくて良い」ということを
生きている時に伝えたかったなあと。
Sさんとはその数ヵ月後に会い、振り込んだ額を弁償すると言われたが、
丁重にお断りしてお菓子だけいただいた。
母が自分で頼んだことで、実際代わりに用を足してくれたことに感謝していたわけだから
もう今後一切何も気にしないでください、と笑顔で別れたのだが、
やはり今日までSさんの心にこの出来事が深く突き刺さっていたのだろう。
犯人逮捕のニュースをたまたまつけていたラジオで聞き、
手口がそっくりなのでこれだ!と確信を持って電話してきたという。
私が証言しますから、というSさんに
故人になってからでは被害届を出すことが出来ないことを説明し、
犯人がつかまったというニュースを偶然知り得たのも
どうか本当にもうこれ以上気にしないで欲しいという
母からのメッセージだと思いますよ、と電話を置いた。

この記事を書いた人

Saori Takano

「ここに来て良かった!」と心から言っていただける治療室を目指しています。
鍼灸治療は人対人の相性が重要だと思っています。
来院するかどうか迷っている方は
ざっと眺めていただいて参考にしてくださいませ。